Research

ヘテロ元素を活用した機能性有機分子の創製

炭素と水素を主要構成元素とする有機化合物の機能性は、多くの場合、C,H以外のヘテロ元素が存在することによって発現します。私達はこれまでに、フッ素、窒素、ホウ素、リン、ケイ素、および硫黄といった様々な元素の特性を活かしてユニークな構造や物性を示す有機化合物を設計し、その合成を行っています。これまでに、低電圧駆動有機半導体、蛍光発光体、センシング材料、均一系錯体触媒、フッ素官能基導入試薬などの機能性物質を見出しています。さらに、高エナンチオ選択的触媒反応に関する研究も精力的に進めています。

有機合成化学と素粒子科学の融合による新分子創成

ミュオンとは、スピン量子数I=1/2で、陽子の9分の1の質量をもつ素粒子です。私達は、日常的に行っている有機合成化学を土台にして、サイクロトロンやシンクトロンといった加速器で生成されるスピン偏極ほぼ100%のミュオンを利用する分光学手法を活用し、通常の化学的手法では見出すことが難しい常磁性ラジカル種ラジカル反応を同定し、その知見をもとに機能性有機ラジカル種を新たにつくり出す研究を行っています。これまでに、ミュオンの同位体効果によって形成される興味深い準安定開殻分子構造を世界に先駆けて続々と見出しています。

フッ素官能基を導入した機能性有機分子の創製

小さな原子半径をもち、全元素中最大の電気陰性度を示すフッ素は医農薬研究で重要となっています。私たちは、フルオロアルキル基を導入したホウ素化合物を幾つか開発し、その知見をもとに生物活性を示す物質への変換について研究しています。また、フッ素を含む光学活性化合物の合成に取り組んでおり、その過程でフッ素がもたらす独特の効果による興味深い現象を見出しています。 なお、19F核はスピン量子数1/2であるので、核スピンを利用した量子演算にも利用することができます。

低配位ホスフィンを活用する触媒化学

有機合成で用いられる金属錯体触媒の配位子として3価3配位のホスフィンが通常用いられます。これに対して私達は、P=C分子骨格を有する化合物(ホスファアルケン)を用い、そのキャラクターを活かして新しい錯体触媒をつくり出す研究を進めています。
ホスファアルケン誘導体の代表的な特徴は、低いLUMOエネルギー準位に由来する強いπ受容性にあります。私達は、P=Cユニットの集積化や、フッ素・硫黄置換基などを導入することによって、ホスファアルケン配位子を種々合成し、それらの分子構造や物性解析を進めながら、強いπ受容性に由来するユニークな高活性・高選択性触媒的分子変換反応の開発へと展開しています。

ミュオンスピン回転・共鳴・緩和(µSR)分光法を利用する有機ラジカル化学の開拓

ミュオン(µ)はスピン1/2の素粒子で、高エネルギー加速器によって発生させた陽子ビームを炭素やベリリウムといったターゲット元素に衝突させることで得られます。このミュオンを絶縁体や半導体物質に打ち込むと、運動エネルギーを失いながらミュオンと電子との束縛状態である水素原子状のミュオニウム(Mu = µ+e)に変化し、効率よくラジカル付加反応を追跡することができるようになります。最初の研究成果として私達は、低電圧駆動有機トランジスタとして機能する一重項ビラジカルにミュオニウムが付加して特徴的なラジカルが生成することを観測しました。ごく最近では、フッ素化アルキル基を導入した高周期アントラセンの位置選択的ミュオニウム付加を同定し、このときに前例のない同位体効果が表れることを見出しました。測定実験は、海外のサイクロトロン施設(TRIUMF)や国内のシンクロトロン施設(J-PARC)で行っています。